その昔、大阪のO大学に それはたいそう無骨なTという男がおったそうな。 体育会合氣道部の看板をかさに、小さな体で学内をブイブイ言わしておった。 この男、普段から「女なんか男道の邪魔じゃ!」なんて雰囲気で歩いておったばっかりに、周りの女子諸君も近寄りがたく、また、本人も偉そうに言う割に好きな女の前ではてんでアカンタレで、結構さびしい学園生活を送っておった。 三回生の春のことじゃった。 同期のY野が言った。 「おうっTよ。そろそろわしらの部もバンカラの時代は卒業して、男女仲良くやって行かんか?」 気を許した友の前でだけ正直なTは、にやけた顔でこう返した。 「そやのー。幹部連中もスケベ野郎ばっかりだで、今年の部員勧誘は二人で女子専門でいったろかいのー」 その日から「10年ぶりの女子部員誕生の為の勧誘」と言う名目の元、Y野とTは自分の趣味で声を掛け回った。 二人の勢いは素晴らしく、普段男くさい道場が、見学の際だけは何人ものおなごの香水が漂うようになった。 しかし、本来「O大の陸上自衛隊」の異名を持つ超キビシイ練習の噂はすぐに見学者の耳に入り、男でも逃げ出す中、女子部員など生まれる雰囲気は一ヶ月経っても全くなかった。 ところがそんな中、Y野はひとりの女を夢中で口説いておった。 断られても断られても「俺が守ったるさかいに。」(だいたい誰かに守ってもらわないかん部に誰が入りたがるちゅんねん)と言い続け、ついに女子部員第一号Mを誕生させた。 先輩達はたいそう喜んだ。 他の武道系からも羨望の眼で、「大事に育てたれよ」と祝福された。 ・・・10日後 Y野は部室にTを呼びつけ小声でこう言った。 「俺、Mと付き合うてんねん」 ・・・・・・その日からTはY野を「悪魔」と命名した。 (その後Y野とMはめでたく夫婦となりました) しばらくして、騙されたM以外はもう入らないだろうと勧誘の熱も冷め、皆も諦めかけていた頃、一つのニュースが飛び込んできた。 すでに「無所属委員会」という団体に新入生として入った女子が、どうも合氣道に興味があって一度見学したいと言っているとの事。 「今日の夕方4時に委員会の幹部が1号館下へ連れてくるらしいから誰か迎えに行ってやれ」 女子部員勧誘隊長のTは「もの好きな世間知らずがいるもんだ。」と思いながらも先輩命令で出動した。 夕刻の比較的ひっそりした通称「トンネル」で待つこと10分。 野暮ったさで有名な、無所属委員会のデップリ副委員長が一人の女を後ろにやってきた。 「おう、わざわざTがお迎えか?本人の希望だから仕方ないが、今年のウチのマドンナやから必ず返してくれよ!」 (ちっ、おのれらのようなオチャラケ団体には毎年いっぱい女子くるやろに、もったいぶんなよ!) 「Y内J子です。よっ、宜しくお願いします。」 とても陸上自衛隊でやっていけそうも無い小声で、はじめて顔をのぞかせた一人の女にTはそれほどの興味はもたなかった。 ただ・・・ 頼りなげではあるが真っ直ぐ見つめる女の目と、通路を流れる春の風がやけに心地よかった。 第一話 完 (予告編) 予想に反して正式に入部した彼女の運命は? Tの心はどう動いたのか? |
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全てはココから動きだした。 追大 1号館下(通称トンネル) |
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「第二話」 Tに連れられて体育館まで歩くJ子は不安で一杯であった。 いきなりパンチパーマにヤンキーサンダルの男・・・ (無所属委員会の先輩達とは明らかに違う人種だわ。大学まで来てこんな人たちと関わるつもりは無い。見学だけしてすぐに断ることにしようっと。) 「押忍!」体育館に入るや否や大声でTに挨拶する後輩達。 三回生で最もキケンな先輩の登場に皆緊張感を漲らせている。 「押忍!失礼します!」Tと客人にひれ伏してスリッパを差し出す白帯達。 (もっ、もう帰ろうかな 恐泣) しかし、道場までくると心をほぐし始める。 「先に入ったMを定着させる為にも是が非でも二人目の女子部員を」 と必死の四回生幹部があの手この手を使って舞い込んだ子羊をなだめるのだ。 「ねえねえこれ早口で言える?バス ガス爆発 バス ガス爆発 バス ガス爆発」 「無所属の副委員長ってウエストと身長が全く同じなんだよ。あんなところにいちゃJ子ちゃんもああなっちゃうよ〜」 「よく誤解されるんだけど、武道系の男って本当はナイーブなんだよ。ほらっ、向こうに見える柔道部の男、名前がヒロミで趣味は詩の朗読なんだよ〜」 幹部の話に徐々に打ち解け笑顔を見せ始めたJ子をすこし離れたところからTは黙って見つめる。 (おいおい君、完全に騙されているよ。今君の頭をなでたその男、先週同じその手で駅前のチンピラ二人病院に送ったんだよ。知らないよ) 二日後、幹部のしょーもない話はともかく、同じ心理学科であるMの説得もあり、体力には自信が無いJ子であったが、「自由に休みもとれるよ」と言う大嘘にも騙されて、合氣道部女子第二号が誕生した。 さてさて 一週間たち二週間たち・・・徐々にベールを脱ぐO大の陸上自衛隊。 技よりも体力強化、根性強化に重点を置く練習は、元ソフトボール選手のMはともかく、運動部の経験が無いJ子にとても絶えられるものではなかった。 「こるぁーーー!Y内!何しとんねん。やる気あんのかー!」 幹部連中の打って変わった容赦無い叱咤に手足にシップを貼り、涙をこらえながら耐える毎日であった。 六月に入り、すっかり元の軍隊化した部に耐えきれずポロポロ辞め出す男子部員達。毎年の光景である。辞めた後、先輩達の恐い目に耐えられず学校を去っていく者までいる。 そんな中、彼氏が同じ部の先輩であるMだけは、毎日が楽しくて仕方ない様子。 Tと、同期のY内以外全く内緒の付き合いはスリルもあって楽しいらしい。 そんなある日、Tは部室でY野に呼び止められる。 「おう!Tよ。Mの話によると、どうもY内はお前に憧れとるらしいぞ。」 部内恋愛などもっての外と思っていたTに、この話はあまりにも予想・想像しかねる意外な展開であった。 「そんなアホな。」 努めて動揺を隠すTであったが、かねてより「今度、彼女にするなら一人住まいの女」を狙っていたところへ、他の武道系からすでに数々のアプローチを受けており、今や体育会のマドンナとなりつつある、そこそこ おいしそうな女である。 即答をさけたものの、付き合いの深いY野に心情を悟られるのに、そう時間はかからなかった。 そして、運命の1984年7月1日へ・・・続く |
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二回生途中で順子がクラブを辞めるまで、Y野・M以外には付き合っている事を隠し通して一緒に練習していた道場 | |
「第三話」 1984/07/01 その日阪急茨木駅前には珍しく洗車済みの愛車117クーペで、いつになく落ち着かないTの姿があった。 「Y内の想いはTの様子からして、きっと叶うはずだ」というY野・Mコンビの策略で、Wデートがセッティングされたのである。 「おうっ!」ニヤニヤ笑いながら、時間通りにY野登場。 ほんの少し遅れて、茨木在住の女子二人が現われた。 「すみません。遅くなりました。」 普段は、練習外でも険しい表情が多く寡黙なTであったが、Y野・Mの部内では決して見せない暖かく仲むつましい様子に心は安らぎ、珍しく饒舌であった。 J子も最初は緊張していたものの、そんなTの一面を見て、普通の女の子として接することが出来、これまた珍しく饒舌であった。 計画されたWデートであったが、Y野・Mコンビには予定コースというものが全く無かった。 とりあえず近くのボーリング場で汗を流し、「高いところに上りたい」という突然のJ子のリクエストに車を六甲へ走らせた。 ドライブウェイをタイヤを軋ませ・・・と行きたいところだが、オンボロ117クーペでは、4人も乗せクーラー効かせると、上るのがやっとといった状態で、傍からはすこぶる安全走行に映ったに違いない。 ルート分岐点前のドライブインで休憩となった時、MはJ子をトイレに誘った。 「J子、何してんのよ。言っちゃいなさいよ。好きだって。」 二人は前もって当たって砕けろ作戦を計画していたらしい。 「でも・・・」 「さっきのボーリング場でも何度もチャンス作ってあげたじゃない。」 「いいの。今日は。初めてT先輩の笑い声近くで聞けたし、初めて私に微笑んでくれたから。」 その頃、二人のやりとりを知らないTとY野は二人でテーブルの100円くじでケタケタ遊んでいたのであった。 六甲を一回りした頃には太陽も暮れはじめ、車は茨木方面へ。 昼間の高いテンションを持続させていたのは後部座席のY野・Mだけで、前の二人は少しずつ無口になっていった。 「高槻の摂津峡まで行ってみるか!」 Y野の一声は、煮え切らない二人の為の少しの時間稼ぎであったに違いない。 予想されたことだったが、どっぷり日の暮れた夜の摂津峡など、何も見えない、見えるはずがない。 そのまま停車する事も無く、車は国道へ抜けた。 その頃Tは感じていた。 このまま、この日を終えれば、この子とは、もう決して何も起こらないだろう。 明日から又、恐い先輩とただの後輩として、笑顔を交わすことも無くなるだろう。 今朝までは、そうなるべきだと思っていた。 六甲のドライブインあたりでも、それでいいと思っていた。 でも、話がとだえ、目を合わさなくなってきた今、助手席に座るこの子の存在がとても大きく感じる。 この日をこのまま終えてはいけない。 7月1日 国道171号線を 11月7日生まれの女を隣に乗せた 京都ナンバー771のいすず117クーペが走る。 バックに流れるは南佳孝。 人生の大一番である。(笑) T 「Y内!」 突然の大声に、それまで後部座席でぺちゃくちゃしてたY野とMも何が起こるのかと静まった。 J子「はっ、はい。」 T 「今からワシの言うことに『はい』とだけ答えぇよ」 J子「ハイッ」 T 「・・・」 J子「・・・」 T 「りんご好きか?」 J子「はっ???、はい・・・?」 T 「・・・」 J子「・・・」 T 「俺のこと・・・好きか?」 J子「えっ!・・・ ・・・」 T 「返事はっ!!」 J子「・・・ ・・・ ・・・ はぃ・・・」 T 「それやったら、俺と付き合え。」 J子「・・・ハイッ!」 後部のMは後ろからJ子に抱きつき「よかったなあ!」 Y野は「やっとかい!長い一日やったわ。」 ポロポロとこぼれるJ子の涙。 鈍感なTでもそれが悲しみの涙で無いことだけは分っていた。 決して 終わることの無い 愛の始まり なんてね・・・ 完 |